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論稿「革新的スタートアップ企業が求める経営法務人材」を掲載
「会社法務A2Z」(第一法規)の2022年3月号に弊社論稿が掲載されました。「革新的スタートアップ企業が求める経営法務人材」と題し、企業NOW連載第27回に掲載されております。以下に本文を掲載しましたので、ご覧ください。
記
タイトル「革新的スタートアップ企業が求める経営法務人材」
Ⅰ 革新的スタートアップ企業の高額報酬法務求人の激震
弊社は、昨2021年9月27日付日本経済新聞・朝刊・法税務面のコラム「法トーク」欄、「新興企業も法務人材求める」と題し紹介されたインタビューおいて、
「「中堅IT(情報技術)やスタートアップ企業で法務役職者の需要が急速に高まっている」(中略)ビジネス環境の変化が激しい業界だけに意思決定の機会が多く「経営層に法的リスクに対応する重要性が増している」。CLO(最高法務責任者)などの役職を設ける企業もでてきた。転職する法務役職者の報酬は高止まりしている。大手法律事務所でパートナー級の引き合いが強いことから、同水準の数千万円以上を提示する企業もある。「企業は法務役職者の採用を費用ではなく『投資』と位置づけている。この流れは続くのではないか」」と述べた。
対して、弁護士や企業で法務に携わる方々から少なからずの関心が寄せられた。その関心が、多くの読み手が「法務部門責任者に対して、数千万円の年俸提示は破格なのではないか」と感じたことによるとすると、弊社は、そこには、報酬面を切り口として、またそれ以外の職能や職域について、企業の法務部門責任者に対する、ある種のバイアス(無意識の思い込み)があるからなのではないか、と考えた。
本稿では、このバイアスの正体について考察を加えることで、法務人材の企業における活躍領域(role and responsibility)とその活躍のためのいくつかの主体的条件(skill and competency)について議論してみようと思う。おそらくその結果、先の「法務部門責任者に対して、数千万円の年俸提示は破格なのではないか」と思われた方々に対する、私たちの回答になろうか、と思うからである。
弊社は、まず、この求人の報酬設定が、最高経営責任者(CEO)や最高財務責任者(CFO)であれば、誰も不思議に思わないと考える。法務部門責任者とCEO/CFOの大きな報酬差がそれを物語っている。弊社がある組織コンサルティング・プロジェクトにおいて、公開情報とアクセス可能な求人情報から調査したところでは、推定CEO報酬は推定法務部門責任者報酬の四倍から20倍の水準にあった(20倍というのは高額な報酬を得ている社長CEOと一部長職のそれであり、四倍というのは一般的な社長CEOと執行役員職に就いている法務責任者のそれであった)。
ところが、ここ一、二年ほど、企業経営改革の一つとして、外部法務人材の登用に舵を切った一部大手企業(知見と経験豊富な大手法律事務所からのスカウト人材を法務責任者に据えた事例である)や、本質的な経営ビジョンを従来企業と異にする革新的なスタートアップ企業では、「法務責任者プラスアルファ」な人材を求めて、法務人材に対して、上場企業のCEO報酬には届かないものの、CFOや取締役報酬と遜色のない年報酬数千万円を用意している求人が提示されるケースも存在している。
本稿の考察対象である革新的スタートアップ企業について、なぜそのような高額報酬の提示が可能となったか、について、弊社の観察を述べよう。まず、先のインタビューでも指摘していたように、「企業が資金調達しやすい環境」にあり、特に一部のスタートアップ企業では、ベンチャーキャピタル等からの十分な資金提供があり、それにより、高額な提示報酬の財源が確保できる状態であることが一つの要因として挙げられる。
すなわち、「分配率では大企業に伍する中小企業であっても、そもそものパイが小さく、報酬水準は大企業に及ばない」という図式が当てはまらず、「注目を集めるスタートアップ企業には、ベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーキャピタルなどの外部者からの資金提供が多く集まるようになり、これまでは低く抑えるべき固定経費として考えられてきた法務人材報酬に対しても、投資の意味合いを込めての高額報酬設定が可能となっている」と分析できる。
結果、報酬面で一頭地抜きんでている大手法律事務所のパートナーポジション等と伍すスタートアップ企業のCLOポジションも出てきた。
Ⅱ 革新的スタートアップ企業の法務人材期待値の驚愕
では次に、報酬財源の確保以前に、なぜ、革新的スタートアップ企業が高額報酬を提示してまで、ハイスペックな法務人材を求めるようになったか、について論を進めよう。
その前に、比較として、半ば紋切型の議論における法務人材について、そのコントラストも含め、整理してみると、革新的スタートアップ企業の未来志向の経営哲学が理解できる。私たちが収集した政府の報告書(例えば、経済産業省2018年4月「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」)や商業誌に発表された論考の多くは、先ず、国際競争力の向上や持続的成長を目指すにあたり「日本企業が備えるべき法務機能」について議論、定義し、次に、その定義された法務機能を担う法務人材はどのように採用・育成すべきか、と論を進めているように思える。
一方、法務人材の採用についての革新的スタートアップ企業からの要求(それは、弊社の、法務人材が企業を支え、爆発的に成長させるという立ち位置に極めて近いものである)は、そもそも、企業経営の在りよう(存在)と在るべき姿(当為)につき一定の仮説を立て、その在るべき姿において、経営陣はどのような経営課題に立ち向かうことが求められ、そこでは「法務責任者プラスアルファ」な法務人材が経営ピラーを担う一人として活躍する必要があり、そのような法務人材は具体的にどのようなスペックを有するべきか、を考えるという構成となっている。
私たちが執筆に参加した論稿(金子忠浩・高野雄市・野村慧「座談会 コンピテンシーモデルを軸とした考察 法務と経営を接近させるための法務人材・法務組織戦略」ビジネス法務第20巻第9号(2020年)では、企業法務人材が企業法務の世界の中から経営におけるプレゼンスを高めようとするのではなく、企業法務の知識をコアとしてプラスアルファの知見や意思を持って経営判断の世界(さらに言えば、法律事務所や政府組織、社外取締役まで)に飛び込んでいく必要があるし、実際にリーガルと経営の意思決定は表裏一体であるためにそれが可能であることを論じた。同時に、上記の企業法務人材に求められる機能を、コンピテンシーモデル構築のための議論を切り口として特定する手法を提案した。
具体的には、法務人材が具備している、または備えるべき「スキル/リテラシー/コンピテンシー」を、①企業が対応すべき経営課題はどのようなもので、法務は如何に貢献可能かという法務組織のコンピテンシーの視点、②経営陣の一員として果たすことが期待される法務人材の「ロール/レスポンシビィティ」の視点、さらに、③上記①、②は今後どのように変化して行くものであろうか、という時間軸の視点、から考察するものである。それらをマトリックス的に可視化することで、当該企業は如何なる特色を持った法務機能を経営に組み込むべきか、その機能発揮のためにいかなる法務人材が求められるかを整理して議論することが出来る。それは、「統合報告書」や取締役の「スキルセット・マトリックス」のように、静的なものではなく、帰納的で動的なもの、である。
「企業が対応すべき経営課題」と「法務人材の活躍領域」のマトリックスについてだけ言及すると、雑駁にいえば、企業が競争する市場は、①製品/サービス市場、②人材市場、③株式市場、の三つの市場(企業によっては、加えて、④技術開発市場、⑤ビジネス標準化市場)を想定し、弊社は、それぞれの市場での目標・課題・アクションアイテムを洗い出し、法務人材の活躍(可能)事例を議論している。
これまでの日本企業経営は、①製品/サービス市場にほぼ自らのリソースを傾注し、他については、そもそも重要とみなさないか、非営業部門役員等への他人任せであることも散見された。東京都立大学教授 松田千恵子氏は、ダイヤモンド・オンラインの「日本企業の95%は『井の中の蛙』、何故マネジメントが不在なのか」と題するインタビュー記事(2021年6月15日)で、「......進化する企業もそうでない企業も、共通している課題は同じ。はっきり申し上げると、マネジメントがない」旨の発言をされている。
私たちが求人案件を依頼された革新的スタートアップ企業の経営者たちは、前記の三つまたは五つの市場に満遍なく、かつバランスよく人材リソースを配置するというガバナンスを意識し、あるいは無意識に前提とし、経営をリードする経営人材をそろえる姿勢をとりたいと、考えていた。CEO、CFOと協働し、すべての市場での競争優位と企業価値向上を求め、卓越した経営力を発揮できる人材としての法務人材が求められる所以である。
米国S&P1500社(注1) のCEOにおけるロイヤー(JD(法学位)保有者)の占有率は八・五%と、同学位取得者数を考慮しても、また日本のそれと比較しても、高い数字を誇る(Journal of Financial Markets 2020年(注2))。最近の企業環境の変化に対応するジェネラル・カウンセル(GC)の活躍領域の変化に関する『21世紀のジェネラル・カウンセル』(General Counsel in the 21st Century)という海外文献(2015年(注3))によると、GCは、「必要に応じて法的助言を与えるのではもはや十分ではなく」、新たな役割として、「経営陣と協力して複雑な問題を解決し、リソースを集め、保護し、活用する」ために「適切な法的措置を利用」できる、と指摘されている。さらに、そのような組織体制が「持続的な競争優位の源泉となりうる貴重な動的経営能力」を有するという。この論文で提案されているいくつかのソリューションを読むと、弊社は、法務人材が、最高法務責任者(CLO)やGCという職掌から、これまでは、CEOや最高執行責任者(COO)といった職掌で語られてきた、企業経営と企業改革をリードする経営陣の中枢が担当するのに相応しい経営項目の担い手となっていくであろう、と感じた。
Ⅲ 革新的スタートアップ企業経営陣の賢察
先の経済産業省の「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」、【コラム】リーガルに問題意識のある経営者(複数)の「生の声」として、「米国では、リーガルのトップがCEOの側近として意思決定に関わっている。リーガルに対する経営者の認識や位置づけには、日米間でギャップがある」というコメントが載せられており、法務人材のCEO就任といった状況は、さらに遠い状況である。私たちが想定した三つまたは五つの市場での競争は、常に想定を超えて変化する外的環境への柔軟かつ意志的な対応が、間断なく求められるので、経営陣の対応にあたっては、法務人材のプラスアルファのコンピテンシーが極めて重要な要素の一つとして考えている。柔軟かつ意志的な「未来の領域」への対応の例として、「既成の環境・概念の打破」を検討してみよう。
「既成環境・概念の打破」であるが、これまでも、例えば、いくつかの論稿で求められる法務機能の例としてよく取り上げられる論点として、「規制緩和、新しい領域に挑戦するには法務の力が必要である」という従来型の論点があるが、それは、「規制環境を変えた/変わった上で、自社の商品/サービスを合わせていく」という発想に立っているので、私たちは、革新的スタートアップ企業の爆発的成長ストーリーをサポートするものとしては、十分でない、と考えている。私たちが想定する法務人材のコンピテンシーでは、既存のビジネス環境(法規制・商習慣・思い込みなど)を乗り越えて、新しい領域に挑戦するには、①環境・状況を正しく認識(可視化と構造化)し、②ビジネスが目指す社会の在るべき姿(見取図)を構築・伝達する力、を想定している。
宅配便事業の起業、発展と社会貢献をみるまでもなく、爆発的成功事業は、既存の規制や取引慣行そのものを強い意志のもと打破し、社会の先が求める商品/サービスの競争優位性を確立し、結果、社会を変えている。革新的スタートアップ企業は、そのような社会的使命を実現すべく経営陣をそろえる。
続いて、柔軟かつ意志的な「現在の領域」への対応の例としての、「既成の環境・概念の可視化・構造化」と「既存領域における盲点の検討」を検討してみよう。
革新的スタートアップ企業の経営者たちは、未来の経営課題だけでなく、現在の経営課題に対しても、革新的な経営哲学を持っており、彼らとの対話の中で、「現在の領域」への要請として気が付いたこととして、ここで取り上げたい課題としては、「内部統制の構築と整備」がある。彼らは、いわゆるガバナンス優等生とみられていた従来型の日本企業で不祥事が長期に繰り返し起こされてきた背景に、直観的に、統制環境の不備、さらにいえば、統制環境課題へのオーナーシップとコミットメントの不在を感じていたのであり、その部分での法務人材の活躍を強く求めていた。
弊社も同感であり、弊社は、企業経営陣は、「統治のポジショニング(取締役会の構成やコーポレートガバナンス・コードの基本原則・原則・補充原則へのコンプライ)」のレベルに終始することなく、「プレイブック(内部統制環境の現実的かつ帰納的なPDCA)」が十分にライブかつオンタイムに機能しているか、について常に意識を高め、かつ経営陣のメンバーに、オーナーシップとコミットメントをもって取り組む人材を据えることが必要である、と考えている。そこに気付き、実装した企業は、私たちの想定する三つまたは五つの市場においての競争優位性を確立することができると考えている。
Ⅳ 革新的スタートアップ企業経営陣の人材探しの旅
ここまでが、冒頭の「......同水準の数千万円以上を提示する企業もある」という、革新的スタートアップ企業の求人条件の「なぜ(why)」と「どう(how)」についての理解である。次は、「誰が(who)」と「誰を(whom)」である。革新的スタートアップ企業は「経営陣のチームとなる法務力を持つ人材」が必要である、というパラダイムをすんなりと受け入れやすい。その背景には、彼らには、先輩に対する遠慮と後輩に対する配慮(出世昇格の縦ラインを崩し、ポストの限られる役員に法務責任者を昇格させることへの躊躇)も、これまでの社内序列の慣行(例えば、法務責任者は部長クラス等)もなく、また、既存の経営陣に何が欠けているか、何を補ったらよいか、についてのそれぞれの鋭い洞察と的を射た評価があるからであろう。
しかしながら、問題は、そのような求人に応えられるだけの法務人材が、法律事務所や企業に豊富にいるのか、となる。この点については、本稿の目的を外れるので深掘りはしないが、以上述べてきたように、革新的スタートアップ企業の高額報酬求人から読み取れる「日本企業の爆発的成長と経営革新をドライブするのは企業法務人材」であり、その育成、レベルの維持、適材適所への配置に対してのサポートが、弊社の2019年創業以来の思いであり、全力で取り組む課題であることに、何らの変わりはない。
(執筆陣:代表取締役CEO 野村慧、クリエイティブコンサルタント 金子忠浩)
(注1)S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社の提供する、主要な株価指数を構成する1,500社。
(注2)Pham, M. H. (2020), "In law we trust: Lawyer CEOs and stock liquidity", Journal of Financial Markets, 50, 100548.
(注3) Bagley, C. E. (2015), "Integrating law and strategy: the value of legal astuteness", In Christoph H Vaagt & Wolf-Peter Gross (Ed.), General Counsel in the 21st Century: Challenges and Opportunities (pp. 11-34.). Globe Law and Business Limited.
詳しくは以下URL「会社法務A2Z」(第一法規)のP54~P59を参照ください。
https://www.fujisan.co.jp/product/1281682157/new/
今後もリーガルマーケットの発展のため活動を続けてまいります。