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「大江橋法律事務所インタビュー~女性比率から事務所思想・文化に迫る~ 前編」

REPORTS 2023.02.10

既報の通り、弊社では2022422日時点での一定規模以上の法律事務所における7374期の弁護士の女性比率ランキングを調査し、大江橋法律事務所が40.0%で第二位、日系事務所としては第一位となりました(ランキングの詳細はこちらの記事をご覧ください)。

 大江橋法律事務所は女性弁護士比率の目標を明確には掲げていないものの、上記の通り高い女性弁護士比率を誇っています。果たしてこれは単なる偶然なのか、あるいは女性弁護士を引き付ける有形・無形の魅力があるのでしょうか。今回は、女性弁護士比率を切り口としながら、それらに関する制度にとどまらず、事務所の思想・組織・文化が如何なる構造を成しているかを明らかにしてまいります。大江橋法律事務所の大阪・東京事務所から以下4名の先生方にインタビューをさせていただきました(インタビュアーは弊社代表野村、コンサルタント倉持)。

 ・嶋寺基弁護士:東京事務所パートナー。大阪事務所に入所後、留学・法務省への出向を経て、現在はマネジメントコミッティーのメンバーを務める。
・山本龍太朗弁護士:東京事務所パートナー。リクルート委員会委員。外資系法律事務所から、東京事務所へと移籍。
 ・小寺美帆弁護士:大阪事務所パートナー。人事委員会委員。大阪事務所に入所後、アソシエイト3年目と6年目に育児休業を取得。国内出向を経験。
・細川慈子弁護士:東京事務所パートナー。リクルート委員会委員。東京事務所に入所後、アソシエイト4年目と9年目に育児休業を取得。留学と海外出向を経験。

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野村:大江橋法律事務所では7374期の直近で採用した弁護士の女性比率が高まっていますが、女性比率向上などの明確な目標を立てていたのでしょうか。

山本先生:女性比率の具体的な目標を掲げて、それに合うよう採用しているといったことはありません。採用する男女の人数を設定することはなく、人物本位で採用したいと思える人を選ばせてもらっています。そのため、期によって男女比率にばらつきがあり、男性の比率が高い年ももちろん存在します。近年、女性比率が上がった要因の一つとしては、比較的若い期の女性弁護士が実際にキャリアとプライベートを両立させている様子を間近で見て、共感して応募してくれる女性が増えたことが挙げられると考えています。

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野村:採用時に意識的に取り組んでいるわけではないのですね。近年の貴所の入所者データを拝見すると、女性の比率が増えているようです。採用段階では女性比率を意識していないにも関わらず、結果的に上昇しているということは、志望者の中での女性比率が上がっていることと考えられます。母集団の女性比率向上に関して、何が影響しているのでしょうか。

山本先生:弊所の72期の採用で特に女性の割合が多かったことが73期以降の母集団に影響したのだと思います。「性別を問わず採用を行っている」という方針は持っているものの、それだけでは女性へのアピールとしては不十分で、実際に女性が多い期があるという客観的なデータや、ライフイベントと仕事を両立する女性弁護士と触れる機会を通じて、弊所の方針を実感してもらえているのでしょう。

野村:実際の女性比率・活躍を見ることで、結果的に女性弁護士を呼び込むことができているわけですね。とはいえ、そのように女性弁護士を引き付ける事務所には組織の制度、文化、伝統など、有形・無形の要素があると考えているのですが、女性に魅力的に映っている要素は何だとお考えですか。

嶋寺先生:我々の男女を区別しないという採用方針は昔から全く変わりません。このような状況で女性の応募者が増えてきたのは、就職活動の中で先輩たちが活き活きと働く様子を目にして魅力を感じてもらっているからだと思います。そして、この各人が活き活きとして働く環境は、弊所の特徴でもある少人数のチームで案件を行う体制によって作られている部分があります。少人数チームは柔軟性が高く、個々人の状況に合わせて関わり方を変えることができます。例えばミーティングを欠席したときのフォローなどもしやすく、ミーティングには出席を必須にしないことが可能です。また、リモートワークなどにも対応しやすく、働き方の自由度も確保できます。

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野村:少人数チームを基本とすることで仕事の柔軟性確保や、キャリアとプライベートの両立が可能になっているのですね。ただ、そのような少人数かつフレキシブルな働き方を採用した場合だと、他の論点も生まれてくるかと思います。ビラブルの確保という観点から言えば、チームのメンバー1人の稼働が減ると他の人に皺寄せがいってしまう、不満が溜まるといったことはないのでしょうか。

嶋寺先生:ビラブルに関していうと、少々牧歌的に聞こえるかもしれませんが、弊所では多くの人はお金を多く稼ぐことに重きをおいておらず、やりがいや社会貢献の点をより重視している人が多いです。つまり、事務所としてはビラブルを上げることを絶対視していません。関わる人員を増やしてビラブルを上げようとすると、個人の存在感は薄くなってしまいます。我々は個々人のやりがいやクライアントと一緒に社会に貢献することを大事にしているので、少人数チームを基本とした体制がワークしているのです。

山本先生:二点ほど私からも補足させていただきます。まず、この事務所に移って以来、ビラブルのノルマを課されたことや売り上げに関して指摘をされたことはありません。私は外資系の事務所から移って来たのですが、この点には本当に驚きました。これは外資系に限らず国内の他の事務所と比べても珍しい点で、弊所で昔から受け継がれて来た文化に由来すると思います。次に、ある程度大きな規模になると組織は縦割りになっていきます。するとプラクティスグループの人員が固定化され、グループの垣根を越えた協力などが困難になりますし、ご指摘いただいたように産休や育休の際に同じグループの一部の人に負担が集中します。我々の事務所にもプラクティスグループは存在しますが、情報やノウハウの共有等を目的とする緩やかなつながりで、仕事の割り振りはグループを超えて事務所全体で行われます。ある案件について、事務所の全アソシエイトの中から適当な人を選び担当してもらうのです。この仕組みのおかげで、誰か1人に皺寄せがいくということを避けられています。

野村:女性の立場として、小寺先生と細川先生にも話を伺えますでしょうか。

細川先生:私は時短制度を使わずに育休からの復帰を二度乗り切っているのですが、自分が関与する案件の全体量は調整していたものの、関与した個別の案件には全力で取り組んでいたので、引け目を感じることはありませんでした。もちろん私よりもビラブルが多いアソシエイトはたくさんいたと思うのですが、個別の案件を責任持ってやるべきだという文化、ビラブルについて細かく指摘されないという文化があるので、肩身が狭くなるようなことはありませんでした。チームが固定的でないので、常にある人から仕事を振られるといったこともなく、逆に自分が業務量を減らさなければならなくなった時に、特定の人に皺寄せがいくという関係性にはなっていません。

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野村:小寺先生はどうでしょうか。

小寺先生:私も細川弁護士と同じ意見です。アソシエイトは、他のアソシエイトが何時間働いているのかを知りません。お互いの信頼関係のもとに、各自が責任をもって自らのできることをこなしているのです。事務所のカルチャーとして、各自が自由に、自分のスタイルで働いているので、子育て中の女性だからといって肩身の狭い思いをすることはありません。各人が自分のできる範囲でベストを尽くせば良いという、信頼関係がベースにあると思います。

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野村:少人数チームでフレキシブルに働こうとすると誰かに皺寄せが行きやすいところを、縦割りをなくし、広くアサインメント出来るようにして防いでいるのですね。これを実現するには若手のアソシエイトを、特定の案件だけではなく、さまざまな案件を任せられる状態に育成する必要があるかと思います。若手の育成プログラムについてもお聞かせ願えますか。

山本先生:リクルートの際に明言しているのですが、弊所の方針として、最初の3年間はなるべく多様な分野を経験してもらいたいと考えています。一部には、ご本人の希望から2年目3年目で専門分野を絞る人もいますが、基本的にはなるべく多様な分野の経験を積んで、その上で自分のキャリアを決定していくという方針です。この育成方法のおかげで、ある案件を割り振るときに、パートナーの立場から見て、このアソシエイトにはこの分野はできないといったことはほとんどありません。一方で、各アソシエイトの適性や希望を知るために年に2回、面談を行い、今後経験を積みたい分野、合わない分野などを聞いています。これらの情報は、各拠点の全パートナーに共有され、その情報をもとに各パートナーが案件を振り分けています。

野村:総合的に経験を積んでもらうことで、案件を振り分けるときにどのアソシエイトにも任せることができる状況を伝統的に作っているのですね。一方で、3年ほど総合的な経験を積んでもらう形の育成では、初期の成長曲線はそこまで伸びず、アソシエイト1人あたりの生産性が高まりにくくなるのではないでしょうか。競争が激化していく現在において生産性は経営上の重要な論点である中、どのようにしてこの育成方法を維持しているのでしょうか。

嶋寺先生:それは弊所が目指す弁護士像の核心に関わる部分でもあるのですが、我々は事務所のHPにも記載しているとおり、「総合力に裏付けられた専門性」を個々人が追求することを理念として掲げています。競争が厳しい現代にあっても、企業が望んでいるのは、特定の分野しか知らない弁護士ではないと感じています。得意分野がありながら、幅広い経験を積んでいるからこそ、さまざまな解決策を示すことができますし、企業もこれを強く望んでいると感じます。

野村:一見生産性が低くなるように見えますが、むしろ企業のニーズは総合的経験がある人材だということですね。このニーズは昔よりも強まっているものなのですか。

嶋寺先生:はい、昔よりも強まっています。現在、従来のどの専門分野にも属さない新しい分野や、複数分野に跨るような問題が次々と出てきています。この状況で生き残る弁護士は、特定の分野だけの専門性を高めた人ではなく、幅広い経験を持った上で専門性を磨いている人なのだと考えています。先程の成長曲線の話で言うと、初めから特定の分野だけに従事していた方が、最初は成長が早いように見えます。しかし、近視眼的になるのではなく、将来の弁護士像というものについて考えると、多様な経験を積んできた弁護士の方が、ある時期から飛び抜けて成長していくものです。そしてこの理念に共感してくれた人たちが弊所に入所してくれています。

野村:その理念は、イシュードリブンと言われるような、お客様が持っている問題を、未整理で不確定な状態からわかりやすく整理する能力が必要ということですね。そして、その能力を高めるために、若いうちから幅広い経験をしておく必要があると。この考えは不変だという現場感覚をお持ちなのですね。

嶋寺先生:そうですね。若手アソシエイトの育成プログラムについては事務所内でも議論し続けていることではありますが、ベースの考え方は変わりません。先ほど述べたように、人によって専門化していく時期に差はあって良いという議論はしています。個々人の適性などもありますし、早い段階で特化していく分野を見つけた人には、その分野の案件を集めて成長を早めるべきではないかといった声もあります。しかし、幅広い経験がクライアントニーズに応える鍵となるという考えは不変なものだと思います。

野村:若手に総合的な経験を積ませることについて、デメリットとして考えられるものをもう一つお聞きしたいです。そのような育成方針では、現状のプラクティスエリアの習熟が優先され、マネタイズされていない分野・先行投資が必要な分野に参入することが難しくなるのではないでしょうか。ある事務所では、最終的に失敗に終わる可能性も許容して、先行分野に積極的に投資を行っていると聞きます。このように失敗の可能性も割り切って、専門特化していくという方針もあり得ると思うのですが、この点はいかがお考えでしょうか。

嶋寺先生:そうですね。人数の問題もあって、新しい分野のためだけに人を増やすということはあまり考えていません。我々としては個々人を大切にしたいと考えていて、入所してくれた人にはできる限り長く在籍してほしいし、成長していってほしいと思っています。それもあって、将来の可能性があるからといって新分野全てに手を伸ばすことには価値を置いていません。もちろん、新分野が重要であることは間違いないので、将来の可能性がありそうな分野を選んで人を割くことはあります。例えば外部機関や役所に出向してもらったり、所内で新しい分野の研究に取り組んだりすることもあります。

野村:新分野の重要性は認識しており人員を割くことはあるけれども、所内の個々人を大切にしたいという立場から全ての分野に進出しようとまでは考えていないと言うことですね。

嶋寺先生:そうですね。新分野の話にも関係しますが、私がロースクールで教えていると法曹界には将来性が少ないのではないかという不安の声を聞くのですが、私は全然そんなことはないと思っています。いわゆる伝統的な専門分野に拘らなければまだまだ可能性があり、ビジネスも広がっていくので、弁護士が活躍できる場は十分あると思っています。既存の弁護士がケアしきれていない領域も多くあると感じていますので、全くの新分野という切り口以外にも、様々な可能性があると思います。

野村:社会が複雑化しイシューが複雑化している現代において、いわば既存分野の隙間の解決が求められるようになってくるということですね。

嶋寺先生:はい、むしろチャンスに溢れていると思っています。固定的な社会だと先人の弁護士が専門としている分野に新規参入することは難しいですからね。例えば私は保険という分野を専門としているのですが、伝統的なビジネスに思われがちな保険にも、まだ整理されていない問題がたくさんあります。弁護士がまだフォローしきれていない、企業のニーズに応えきれていない部分がたくさん残っていると思うので、そういう領域に人を投資していきたいと思っています。

「大江橋法律事務所インタビュー~女性比率から事務所思想・文化に迫る~ 中編」に続きます。中編は2/17夕刻に公開予定です。

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