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マーケットレポート:ファイナンス系弁護士による金融キャリアの可能性について探る~JICベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社のベンチャーキャピタリストとの対談を通して~

REPORTS 2023.08.07

昨今、弁護士のキャリアパス多様化に伴いインハウスローヤーは増加している(2023年6月時点の組織内弁護士数は3,184名※注1)。総合商社、グローバルメーカー、IT、金融、ヘルスケア等、移籍先は多岐に渡る。金融業界に着目すると、銀行、信託銀行、証券、保険、アセットマネジメントへの移籍が主流である。これらと比較すると数は少ないがプライベートエクイティ/ベンチャーキャピタル(※以降の表記はPE/VC)のキャリアパスを歩む弁護士は徐々に増加している。

PE/VCに在籍している日本法弁護士(弁護士登録済み)をリサーチしたところ、フロントポジションに就く弁護士はミドル・バックポジションと比較して相対的に少ない。このような希少性の高いポジションへのキャリアは如何にして形成可能だろうか。

前提として、PE/VCのフロントポジションで求められるハードスキル・マインドセットと法律事務所の弁護士に求められるハードスキル・マインドセットの差異は大きい。PE/VCのフロントポジションで求められるハードスキルは、案件のソーシング能力、経営数字の分析能力(バリュエーション、財務分析)、ビジネスモデルのキャッチアップ能力、バリューアップ(経営戦略の策定・実行支援)に関する能力、プロジェクトマネジメント能力等である。また、求められるマインドセットはビジネスジャッジを支援するための経営判断、戦略実行する思考・行動形式である。

一方で、経済産業省(国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会/法務人材育成WG)によれば、法律事務所の弁護士に求められる主なハードスキルはそれぞれの専門分野における高い専門性・最先端の知識、法令を解釈する能力である。また、求められるマインドセットは、リーガルジャッジの視点で事実を規範に当てはめて分析・判断する思考・行動形式である。

上記のハードスキル・マインドセットの差を架橋するキャリアパスは何だろうか。

当職はこれまでPE/VCに対する採用活動の支援に注力してきた。特にフロントポジションへの支援人数は累計20名を超える。現在は、PE/VCのフロントポジションへ移籍を検討している弁護士のキャリア設計の支援に力を入れている。相談者は主に5大法律事務所、外資系法律事務所に在籍している企業法務系弁護士である。

彼ら・彼女らのキャリアパス戦略は大きく2つに大別される。1つ目は法律事務所から、直接PE/VCのフロントポジションへ移籍を目指すケースである。このケースの移籍成功要因は年次が若いことに加え、証券会社のM&Aアドバイザリー部門への出向経験が挙げられる。2つ目は、法律事務所から投資銀行や戦略ファームを経てPE/VCのフロントポジションを目指すケースである。また、稀有なケースだが、法律事務所から投資銀行を経てアクティビストファンドへ移籍を目指す相談事例も出てきている。

実際、PE/VCのフロントポジションで活躍している弁護士は如何なる理由でフロントポジションを選択し、また、如何なるマインドセットを有しているのだろうか。更にPE/VCのフロントポジションの先にあるキャリアパスは一体何だろうか。そこで今回、弁護士からVCのフロントポジションに転向した、JICベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社に在籍している末永弁護士へのインタビューを通じて実像に迫っていきたい。(インタビュアーは弊社シニアコンサルタント芳山和也)

JICベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社 末永聡弁護士
経歴:2009年に弁護士登録後、Allen&Overy外国法共同事業法律事務所及び佐藤総合法律事務所において、金融、M&A、事業再生/倒産、訴訟等の幅広い企業法務案件に従事。2017年に産業革新機構(現 産業革新投資機構(JIC))にインハウスローヤーとして入社後、リーガルの観点から投資実行及びバリューアップをサポートしたほか、一部投資案件については投資チームとして投資業務に従事。2020年よりキャピタリストとしてVGIに参画。慶應義塾大学法学部法律学科卒、慶應義塾大学法科大学院修了(J.D.)。

■芳山:末永弁護士は現在キャピタリストとして投資活動に取り組んでいますが、新卒時はファイナンスローヤーとして外資系法律事務所でキャリアをスタートしています。異なるマインドセットが求められる職種だと思いますが、マインドセットはどのように変化していったのでしょうか。

末永弁護士:一所目のAllen&Overy外国法共同事業法律事務所では保守的にラインを引く(リーガルジャッジとビジネスジャッジの責任の所在を明確に分け、ビジネスジャッジの領域には踏み込むべきではない)と教えられており、当時はそのスタンスについて特に疑問を持っていませんでした。業務内容がファイナンス分野であり、かつ、主なクライアントが銀行を中心とする金融機関だったので、業務分野やクライアントの属性が保守的であったことも指導内容に大きく影響していたのだと思います。二所目の佐藤総合法律事務所では、むしろクライアントの経営課題に踏み込めと教えられました。もちろん、ビジネスジャッジ自体を弁護士が行うわけではないのですが、仮に自分が顧客の立場だったらどう判断するのかを具体的に想像しつつ、リーガルアドバイスを提供することを心掛けていました。それを日々実践し、経験を積むにつれてリーガルジャッジとビジネスジャッジの境界の解像度が高くなったように思います。

(当職コメント)ファイナンスローヤー時代に上長からビジネスジャッジの領域には踏み込むべきではないと指導されていたという。このように法律事務所によって、リーガルジャッジとビジネスジャッジの境界をいかに捉えるかが異なるのは興味深い。

■芳山:その後、法律事務所からインハウスローヤーに転向されました。どのような背景でこの転向を考えられたのでしょうか。

末永弁護士:2所目の佐藤総合法律事務所では、それまでに主に経験していたファイナンス法務に加え、M&A、ジェネラルコーポレート、訴訟・紛争、事業再生・破産等の倒産案件、個人の一般民事事件など幅広く経験しました。ですが、顧客の経営課題に踏み込んだリーガルアドバイスの提供を試みるにあたり、ビジネスに関する本質的な理解が不足していることを日々課題に感じていました。たとえば、M&A案件を担当する場合、顧客やFAからの依頼どおりに(主にフルパッケージの)DDを行い、契約交渉もクライアント側に有利な条件を細かく主張すれば、時間と工数はかかるものの、M&Aというプロセスを問題なく前に進めることは可能です。一方、顧客にとってこのM&Aの事業戦略上の位置づけはどこか、対象会社ビジネスのどの要素が重要か、顧客の交渉力は強いのか、顧客内部における意思決定プロセスはどうか、顧客のコスト寛容度や求めるスピード感はどの程度なのか、といった直接の依頼内容の周辺事情を理解して案件を担当すれば、顧客とのコミュニケーションのレベルは高まりますし、顧客に対してより最適なDD設計の提案や契約交渉を行うこともできるかもしれません。私としては後者の弁護士の方が顧客からの信頼を得られ、その後の案件の受注にも繋がるだろうと考えたのですが、そのためには相応のビジネス感覚が必要です。しかし、これを法律事務所の業務を通じて日々培っていくことは私には難しいと感じたため、新たな視点を得るべく、インハウス弁護士の道に環境を変えることを検討しました。

当時インハウスの採用主体は大企業(総合商社、グローバルメーカー、大手IT等)が中心であり、そのような方向性も迷ったのですが、政府系ファンドである産業革新機構のインハウスカウンセルポジションの募集を知り、同社への転職を決意しました。業務内容が社内の一般法務というわけではなく、新規投資時の法的相談や既に100社近く存在していた既投資先企業のリーガルイシュー解決などの投資関連法務ということであり、また、産業革新機構にはバイアウトファンド的な機能とベンチャーキャピタル的機能の両方があったので、多種多様な業種とステージの投資先企業のビジネスを、投資家の立場で横断的に見ることができる環境だと考えたのです。

(当職コメント)末永弁護士は法律事務所でビジネスジャッジの能力を深く養うことに限界があるという問題意識を有していたため、新たな挑戦としてインハウスローヤーを選択する。この非連続的なキャリア形成の背景には大きな覚悟があったと推察できる。その後さらに、末永弁護士はインハウスローヤーからキャピタリストに転向する。

■芳山:キャピタリストはビジネスジャッジを主体的に行うためにビジネス、経営、競合・顧客マーケットの知見を持ち、大局的見地に立っての判断力が求められます。キャピタリストへの転向は弁護士としての資格はある意味捨てての、覚悟のある挑戦だと推察しますが、一体何を獲得しにいったのでしょうか。

末永弁護士:産業革新機構ではインハウスとはいえ、いくつかの案件で投資フロントチームの一員として投資検討、投資実行、投資後のモニタリング及び投資回収(Exit)に関与する機会に恵まれ、段々とフロント業務への関心が高まっていきました。色々な経緯もあったのですが、フロント業務の方が経営により接近することができ、要は面白そうだと思い、キャピタリストに転向することとしました。もちろん、キャピタリストとして足りていない部分は多くあり、キャッチアップは依然として大変なのですが、投資の可否を判断するためには、法務以外にも、ビジネス、財務・会計、税務、ESG・SDGs的観点、世の流れなど様々な視点から横断的に検討する必要があります。虫の目・鳥の目・魚の目で、より幅広い観点で会社のビジネスを捉えることができるよう日々心掛けています。

ただ、キャピタリストに転向して感じたことは、投資家の立場で事業会社を支援することは、突き詰めればサポーターの立ち位置という点で法律事務所など外部のリーガルカウンセルと大きくは変わらないということです。両者とも本質的に重要なのは、経営陣から独立した立場にいながら、その信頼を得て良き相談相手として伴走することだと思います。そのために、法律事務所で一つの分野を突き詰め、特定の領域での専門性・バリューを高めるのか、また、経営に近い視点での大局的な判断力や課題設定・解決能力、共感力を高めるのか、いずれも重要ですし、ゼロか百かでもないですが、最終的には本人の嗜好次第ではないでしょうか。

■芳山:キャピタリストに転向してご自身のバリューをどのように発揮していますでしょうか。

末永弁護士:これは正に日々悩み模索している点です。キャピタリストになった当初は、自分のバックグラウンドが弁護士であることをある意味消し去ったうえで新たなバリューを見出すべきなのではないか、とも考えました。しかし、今まで弁護士として得た知識と経験を現在の仕事に活かすことができていると感じられる場面も段々と増えてきました。

直接的な例の1つが投資候補先との間でファイナンス条件を交渉する場面です。スタートアップへの投資の場面では、出資にあたっての契約条件は通常シンプルなものが好まれますが、資金の需要側であるスタートアップの資金需要の状況と投資家側として取れるリスク・求めるリターン等をよく突き合わせると、資金調達のスキーム(普通株/種類株/CB/新株予約権など)を含めて案件に応じてカスタマイズした方が両者にとってよりwin-winな取引となる場合もあり、それをスタートアップ側にスピーディに提案できること自体が1つのバリューになります。特に市況が悪化した昨今では、スタートアップ業界においてもファイナンスリテラシーは相対的に重要性を増しているように感じます。

また、より抽象的には、起こりうるリスクを想像し、それへの対応方針を考えるというリスクマネジメントのマインドは、投資家として投資先企業の経営に関与する場面で重要性が高いと考えていますが、これはファイナンスローヤーとしてキャリアをスタートしたことにより、ある程度培われたように思います。たとえばファイナンスローヤーがプロジェクトファイナンス関連の契約を作成する場合、プロジェクトの進捗に応じて起こり得るリスクを可能な限り想像し、リスクが発現した場合でもプロジェクト自体がワークするように契約を作り込み、かつ、発現し得るリスクを契約上どう対応するのか/しないのかを顧客と協議し、他の当事者と交渉して契約条件に落とし込みます。長大なファイナンス関連契約には数多のリスクを想定した結果が記されているのであり、このような契約書に接した経験は、現在、私が投資家として向き合っている事業のリスクを想像し、その対応方針を経営陣と協議する上で少なからず役立っているのではないかと感じています。

さらに、過去に所属した組織や一緒に働くことで築いてきた人間関係は、現在の仕事においてバリューを発揮する上でも非常に重要です。私自身が習得できる知識・経験は微々たるものなので、何でも率直に意見交換できる友人・知人がいることでいつも助けられていますし、自分にはない視点も得ることができます。

(当職コメント)1所目のファイナンスローヤーの経験が、キャピタリストとして独自のバリューを発揮する際、生かされているというのは非常に示唆に富んでいる。一見すると、非連続的なキャリアを歩んでいるようだが、実際は1所目の経験が現在のキャリアの発展に大いに生かされている。全ての経験は有機的に繋がるということだろう。

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       (写真右 末永聡弁護士)

このように弁護士がPE/VCのフロントポジションへ転向する事例が出てきている。キャピタリストを更に深化するキャリア以外に、CLOのキャリアを選択することができる。また、法務以外にも、ビジネス、財務・会計、税務、ESG・SDGs的観点、世の流れなど様々な視点から横断的に投資の可否を検討した経験を生かし、CFOとしてのキャリアパスも選択することも可能だろう。キャピタリストとして培われた、ビジネスジャッジに踏み込むための、多角的な視点から経営判断を支援する能力は、組織の経営幹部として求められる重要なスキルセットである。そのため、PE/VCのフロントポジションの経験はキャリアの拡張性を高めることができると言える。今後、読者の皆様が新たなキャリアパス創造に挑戦するにあたり、当該実例が一助になれば嬉しく思う。(文責:シニアコンサルタント 芳山和也)

※注1.日本組織内弁護士協会.「企業内弁護士数の推移」https://jila.jp/material/statistics/