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「大江橋法律事務所インタビュー~女性比率から事務所思想・文化に迫る~ 後編」

REPORTS 2023.02.24

本編では、I&Dと事務所規模の関係について議論することで、大江橋法律事務所におけるI&D、カルチャー、組織構造の相互関係をより深く分析し、大江橋法律事務所の思想に迫ります(前編中編もご覧ください)。

野村:規模を拡大させながらカルチャーを維持するのは非常に難しいと考えています。一定の規模を超えるとカルチャーが変化することも多い。小~中規模の成長期と比較して大規模になると、どうしても物理的な距離が生まれ、周囲の顔や考えが見えづらくなり、カルチャーが変化する、という状況もあるかと思います。

一方で、ダイバーシティの確保という観点からは、どうしても規模が必要だとも考えています。例えば育休や介護などで稼働時間が減る人を別の人で支えるためには、バッファーとしての人数が重要になってきます。

大江橋法律事務所でも、東京・大阪それぞれで大規模化する時期が訪れる可能性は十分あると思います。クライアントが事務所のダイバーシティを重要視する中で、規模を大きくする必要があるか、今のカルチャーの維持についていかに対処すべきか。経営陣としていかがお考えでしょうか。

嶋寺先生:今の大江橋は大阪と東京で弁護士がほぼ同数になっていて、80人ずつぐらいの規模感です。あとは名古屋と上海があります。そういう意味では一拠点で大規模になるというのにはまだ時間があると思っており、増えすぎることへの限界というよりも、むしろまだ成長していけると大阪・東京の双方で感じています。

一方で、急いで人数を増やしたくはないと考えています。拡大ペースは遅くなるかもしれませんが、急いでしまうと、今大事にしているカルチャーが変わってしまいます。時間をかけてカルチャーを全員に浸透させることで、個々人がやりがいや自身の存在価値を感じられる環境が成立しています。その雰囲気は失いたくないというこだわりがあります。

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野村:ベテランの先生方が昔の事務所を懐かしむのと似ているのかもしれませんね。

嶋寺先生:おっしゃる通り、我々も他の事務所が色々な歴史を辿ってきたのを横目で見ています。そして多くの先生方が昔の話をされるのを聞くと、我々はそういった文化が残っているなと思えて、その先生方が理想としておられたものが今の我々にはできているのかなと感じています。逆に言うとここから一気に変化する可能性もあるので、他の事務所の例を見て、日々議論しています。

山本先生:歴史のある大規模な事務所の中では極めて珍しいのですが、弊所は一度も合併をしていません。私を含め中途採用で様々なバックグラウンドを持った人が入ってくる一方で、合併により急拡大したわけではないので昔からの文化・考え方が受け継がれていると感じます。

嶋寺先生:昔からの雰囲気を守りながら大きくなってきたというのはあると思います。もちろん、人が増えた方がもっと大きな案件を取れるかもしれないと考え、葛藤することもなくはないです。逆にこういった事務所としての想いが若い世代にどう受け止められるか、この機会に聞いてみたいですね。

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細川先生:カルチャーの話で言うと、弊所は設立したパートナーの名前がついていない事務所なのです。設立者の3名が、当初は事務所に3名の名前をつけたものの、事務所を拡大していくにあたり、事務所に設立者の名前がついたままでは、加入する弁護士が自分たちの事務所だと感じにくいので、もっとフラットで民主的な事務所にしたいということで、事務所の名前を変え、事務所の側の橋の名前をつけたそうです。私が就職活動をしている時に、そういった話を聞いて大江橋のカルチャーを感じ、設立時点から民主的な考え方が根底にある良い事務所だなと思った記憶があります。

そういうフラットで民主的なカルチャーがあり、さらに、東京・大阪に拠点が分かれていることで各拠点において目が届きやすいからこそ、個々人の状況に応じた対応がしやすいと感じます。個々人の顔が見えて、風通しが良い環境でないと、なかなか言い出しにくかったり、配慮が行き届かなかったりすることがあるかと思うので、多様な働き方の実現には、制度よりもカルチャーの方が大事だと考えています。

山本先生:私も弊所に入って驚いたのですが、東京の全パートナーが参加する東京運営会議の中で、一人一人のアソシエイトについて、現在の繁忙状況はどうなっているか、本人の希望を踏まえてどういう案件を振るべきか、といった細かいところまで情報共有をしています。一見非効率と捉えられるかもしれませんが、こういった細かな配慮を事務所として行っていることが働きやすさにも関係しているのかなと思います。

野村:規模を大きくすることも大切ですが、無理にそこに力を入れることなく、現在の民主的でフラットなカルチャーを守ることを大切にされているのですね。必ずしも可視化されていない部分での強いこだわりや独自性があることが分かりました。

規模を拡大すると、可視化されていないカルチャーが失われてしまうかもしれませんが、そこを可視化する研究をすれば、規模が拡大してもカルチャーを維持する構造を創ることができる可能性が高まるのではないかと考えています。それは弊社としての関心事項でもあり、研究分野の一つです。カルチャーは組織の構造や制度と相互に作用しているのだと思います。

山本先生:外資系・国内を問わず、事務所の規模が大きくなると、人事や予算という面で、プラクティスグループによる縦割りが当然の世界であり、違う分野の仕事をやろうとするならば違う事務所に移った方が始めやすいといわれているほど、プラクティスグループの垣根を越えて多様な仕事をすることは難しい世界になっています。しかし、弊所はやりたい事をやれる環境だと思います。これは、初めはなぜなのか分かりませんでしたが、昔から培われてきたカルチャーが大きいと思うようになりました。パートナーシップの中で、稼ぐ人が偉いという風潮や〇〇派といった派閥が存在せず、フラットに自分のやりたい仕事に取り組むことができています。

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野村:法律事務所はプラクティスグループによって離職率が異なることもありますが、その点はいかがですか。

嶋寺先生:分野ごとの離職率の違いはあまり感じません。それは、事務所がこの分野に支えられているという特定の分野への依存がないからだと思います。年によってプラクティスごとの売上比率が変わるので、それぞれどのグループにいても自分が事務所に貢献できていると感じることができます。主力分野が明確なほうが経営的には安定するのかもしれませんが、ある分野にいる人が偉いという雰囲気がなく、皆が、それぞれ自分が支えているという意識で関わることができていると思います。

山本先生:そもそも分野の定義が難しいです。一部の専門性の高い分野はその分野専門の弁護士が集積していますが、それ以外の多くの弁護士は複数の分野をやっていますので、必ずしも一人の弁護士が一つのグループに紐づいている訳ではありません。

野村:ありがとうございます。色々と派生してしまったのでまとめると、大阪四大法律事務所だからこそ、拠点を東京と大阪に分散することができた結果、全体としてはある程度人数がいても、昔から続いているカルチャーの維持が可能であり、目配りがしやすいのですね。また、特定の分野に依存していないからこそ、個人個人が働く中で自分の価値を感じやすく、民主的な雰囲気にもつながっていることがわかりました。

現在は、先生方がある種つかみどころのない、可視化することのできない感覚を持った意思決定を行うことができているからこそ、大阪四大法律事務所としてトップを走り続けられていると拝察しました。しかし、カルチャーを大切にすることのリスクとして、可視化されていないがゆえに新しい手を打った時にどのような波及効果が生じるかわからず、意思決定のスピードが遅くなるのではないかと考えています。この点はいかがですか。

嶋寺先生:おっしゃる通り、そういうリスクはあるかもしれませんが、新しいことにチャレンジする意識は常に持っています。必ずしも結果が約束されていなくても、面白いと感じたことを試してみるという雰囲気があります。失敗も経験であり、新しいことに挑戦する事は非常に面白いという風土もカルチャーとして共有することができていると思います。

民主的であることの弊害があるとすれば、組織がフラットになりすぎるという点です。以前は民主的すぎて、どうしても意思決定に時間がかかりました。5年ほど前にそれを改善するために、決定した内容は全てオープンにしますが、基本的な意思決定はマネジメントコミッティーの5人で行うことにしました。これによって事務所の意思決定がスムーズになりました。

倉持:派閥が無い中で、どのようにその意思決定を行う5人は選ばれるのでしょうか。

嶋寺先生:2年に一度、全パートナーによる選挙を行うことで決めています。事務所を取り巻く環境が変わっていくことを踏まえて、意思決定を行うメンバーは固定でなくてもよいと考えています。皆がそれぞれの考えで、今回はこの人が良いのではないかという人をフラットに投票していますが、選ばれる人によって事務所の雰囲気が大きく変わることはないと思います。意思決定は早くなるけれども、多くの人の納得感は下がっていないのでこの制度が認められているのだと感じます。

細川先生:アソシエイト側から見ても、色々なことが決まったり、提案したことが取り入れられたりするスピードが上がったと感じていました。

野村:フラットであるがゆえに昔は意思決定の速さに弱みがあったが、選挙制で選ばれた代表による意思決定の制度を取り入れることで民主的な雰囲気を守りながら、素早い意思決定をすることができるようになったのですね。皆が会社のカルチャーを共有することができており、基本的な考え方に大きな違いがないゆえに、誰がパートナーになっても同じ様な意見に落ち着くという信頼がある為、この制度が有効に働いているように思いました。

野村:ここまでお話を伺い、貴所に関しては、制度を拡充させるよりも個々人の事情に応じて対応していくという形が様々な要素から成立しているのですね。

小寺先生:そうですね。固定的な制度に基づいて対応するよりは、個別にフォローを行い、その人にフィットした働き方を尊重することが、我々の事務所においてはベストの対応だと考えております。所内にD&Iワーキンググループを作り、ポリシーを作成したり、事務局を交えた多様なメンバーで課題を継続的に議論したりする取り組みをしていますが、固定的な制度を作るというよりは、個別の対応の中でそのポリシーを実現していくことを基本的なスタンスとしています。

細川先生:具体的な働き方に関して、コロナ以前から特に弁護士の執務形態に関するルールはなかったのですが、特にコロナ禍になってからは、リモートワークをするための所内の環境整備が進み、執務形態は完全に自由となっています。

嶋寺先生:個々人が好きなように働ける環境の存在は弊所の強みだと認識しております。確かに弊所はI&Dに関しては、まとまった制度として打ち出してはいないので、他事務所に比べてアピール力が弱いかもしれませんが、個別の事情に応じて柔軟に対応することで補っていくのが我々の事務所の方針です。

野村:それこそが1つの制度であり、根本理念であり、競争力になっているのですね。

嶋寺先生:その通りです。実際に離職率が下がり、個人の満足度が上がっているという結果から、この事務所の方針が上手く機能していると実感しているところです。

野村:それでは、貴所の方針が理想的にワークしている秘訣は何なのでしょうか。

嶋寺先生:やはりこの事務所のカルチャー、雰囲気に下支えされているのではないでしょうか。実際の個々人の課題はその発生タイミングも、各人の受け止め方も違うと思うので、そこを事務所全体で連携してしっかりと捉えて対応していく姿勢が上手くワークしているのだと思います。

"言っても変わらない"ではなく"言ったら変わる"文化があり、アソシエイトが我々パートナーを信頼して要望を率直に申し出てもらうことで、各人のニーズにベストフィットした対応を提供できていると感じている次第です。

小寺先生:風通しの良い雰囲気が根底にあり、要望を出してくれるアソシエイトこそ、事務所の発展のキーマンとして評価される雰囲気があるので、アソシエイトが、積極的に自分の意見を出すことができているように思います。

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野村:アソシエイトの方から積極的に意見を出してもらえる環境があるからこそ、事務所にとって本当に必要とされている対応が取れているわけですね。

貴所は事務所に根付く理念を皆が共有することで、伝統的な大江橋の組織・文化を維持してきたと思いますが、今後も事務所を発展させていく為に時代によってその組織・文化を変化させていくべきか否か、という点についてはいかがお考えでしょうか。

嶋寺先生:そこは毎年のように議論している部分です。立ち止まってはいけない、という意識は強くあります。常に新しい情報を入れ、時代によって変えるべきものは変えています。現状では、弊所の文化を大切にしながら事務所の規模を拡大させることは可能だと思っています。個々人を大切にすることがいかに事務所の拡大につながるかというと、

若手に色々なチャンスを与える中で、我々の期待値を超えて圧倒的なパフォーマンスを発揮する人が出てくる。そして、彼・彼女らが事務所の成長の原動力となっていく。こういった成功体験があります。誰がいつ突然才能を開花させるかは我々にも予測がつきませんが、このほうが組織として面白いし、新たな事務所の力を引き出すことにもなると信じてやっています。そして、また彼・彼女らが新しい組織を作っていけば良いと思っており、今後もこのスタンスを継続していくことへの自信に繋がっているところです。

野村:そのメカニズムは可視化されていないからこそ、ゆとりを活かして個々人がパフォーマンスを発揮できるという経験則が存在するわけですね。

嶋寺先生:そうですね。制度化・ルール化されすぎてしまうと弁護士が成長する機会も削ぎ落とされてしまうような感覚があるので、その点に関しては常に注意を払っています。

野村:個別に対応していくことは確かにコストがかかることですが、これが大江橋法律事務所の良さであり、面白さであり、強みに繋がってくる部分なのですね。

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