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「法務人材の転職及び弁護士の転職へのコロナ禍による影響続編Vol.8 大手企業法務部部長のコメント前編」

REPORTS 2020.06.07

 企業法務革新基盤株式会社の代表取締役の野村でございます。弁護士・法務人材の方からご要望いただき、本年54日に『法務人材の転職及び弁護士の転職へのコロナ禍による影響』と題した記事を掲載したところ、大きな反響をいただきました。クライアントから送っていただきましたメール・DMの内容を拝見すると、興味深いご意見が多く含まれておりました。具体的には、記事に対してのご感想のみならず、ご自身のリーガルマーケットの見立てや今後の法律事務所/企業内法務の在り方といった非常に示唆に富むものでした。

 各種SNS等ではコロナ禍とリーガルマーケットに関するさまざまな意見が発信されておりますが、現在のリーガルマーケットを牽引しているリーダーたちの発信を見ることが難しいのが実態です。一方で、今回のコロナ危機は、司法試験の延期実施が決断されるなどまさに未曽有の事態であり、企業法務人材・弁護士・司法修習生・司法試験受験生としては、キャリア戦略や法務部・法律事務所の在り方について再考を迫られていることと推察されます。このような状況下では、リーガルマーケットを牽引するリーダーたちがいかなる視点で現在のコロナ禍を捉え、いかなる未来を志向しているか知ることは、平時以上に重要であるといえましょう。 

 リーガルマーケットのリーダーたちのご意見を共有することは、将来におけるリーガルマーケットの発展に寄与するものと考えます。そこで、当職からリーダーの方々との個人的DM・議論の一部を公開させて頂けないかと打診を致しましたところ、皆様からご快諾を賜りました。皆様におかれましては、心より御礼申し上げます。

 今回のシリーズで連載させて頂きますのは、法律事務所・弁護士・法務管掌役員・企業内法務部の管理職の方からの忌憚のないご意見です。豪華メンバー10名以上が非公式かつ個人的見解として述べるからこそ見えるものがあります。公式のインタビュー記事では見えない世界がそこにはあります。弁護士・法務人材の方はもちろんのこと、企業内法務部を持つすべての経営者の方にとって示唆に富んだ内容であることでしょう。ご期待ください。

 それでは、本日は、大手企業法務部 法務部長のコメントを掲載させていただきます。今回は完全匿名を条件に掲載了承いただきました。業種等も含めて非公開となります。

「アフターコロナ(あるいはウィズコロナ)における経営環境の変化について、私は、非常にポジティブにとらえています。業種によってはコロナ特需があるとか、新規ビジネスが生まれるという話はありますが、変わらなければならないと声を上げ続けながら、10年はかかるだろうと思っていた変革を新型コロナは1年で変えてくれた、と捉えています。

テレワークの推進や時差通勤、法務の分野では契約書締結の電子化などが良い例です。諸外国からの外圧があると変革を迫られる日本。しかし、その変革は国民の意思に沿ったものとは限りません。しかし、今回、直接的な変革のトリガーは新型コロナですが、間接的に国民の声が反映された形になっているように感じます。

法務部の会議もオンライン会議が中心となりました。オフラインコミュニケーションからオンラインコミュニケーションに変わったことで出席者の態度も変わってきました。イシューやそれに対する個人の意見が明確になり、時間内に結論と次へのアクションを確認して終わるようになりました。当たり前のことが当たり前にできるようになりました。これで働き方改革は大きく前進することでしょう。

法律事務所の変革はどうでしょうか。法律事務所は新型コロナの影響を受けなくて経営にさほど影響はない、ということで安心ということになるのでしょうか。むしろコロナ特需のごとく、新型コロナに伴う紛争解決の依頼が増えてよかったで終わるのでしょうか。私は、むしろ新型コロナによる変革を迫られず、変革できないで終わることを心配すべきかと思います。なぜなら、前述のようにクライアントは変革を迫られているからです。

私は、法律事務所にも経営的視点でクライアントサービスを提供する組織づくりが必要であると思います。ワンストップサービスを標榜して肥大化しながらも、結局、クライアントは、大手法律事務所だからというよりも、ある先生の専門性や資質に応じて依頼しています。原因のひとつにはパートナーによるマネジメントができていないからではないでしょうか。組織で仕事をしていない印象です。マネジメントに失敗すると、いずれ若手弁護士も法律事務所を離れていくことでしょうし、そこにクライアントが付いていくことも考えられます。

弁護士の仕事の一部もAIに取って代わられることでしょう。弁護士ひとりが付けられる付加価値は何でしょうか。もしないとしたら、組織で仕事をすることでクライアントサービスを提供するところに付加価値を見出すことを考えてはどうだろうかと思いを巡らしているところです。」
(大手企業 法務部長)

(当職野村による解説)
 一読されて今回は企業法務系法律事務所の経営の在り方に対する問題提起が含まれていることを感じられたと思う。本連載で登場いただいた方々のコメントとは、異なる新しい切り口でのコメントである。企業法務系法律事務所にとっては、耳の痛い部分もあろうが、本コメントは「個人事業主の集団から組織へとシフトすること」を提案する。企業法務系法律事務所のパートナーの中には、同様の問題意識を持つ方が一定数存在する。一筋縄でいかない事情があるのも事実だ。

 まず、組織とは何かという点に触れておきたいと思う。単に人が集まっているだけでも組織は組織ではあるが、機能する組織には、不可欠な要件があろう。いかなる要件であろうか。

 1点目は、構成員が共通してもつ統一的目標の存在だ。近年ヴィジョンといった言葉で表現されたりもする。機能する組織には、統一的目標が必要だ。ところが、構成員各人が求める欲求は異なるのもこれまた事実である。この点は企業でも、もちろん当てはまるが、法律事務所の弁護士の個性に基づく欲求はさらに強く、統一的目標の設定自体と強い個性の相克が起きる。個人の価値観の多様化が急速に進む時代に入り、全体主義的組織論が限界を迎えつつある今日ではさらにその傾向が強まっている。かかる背景を理解すると、法律事務所において統一的目標を設定することは容易ではないことがわかろう。

 しかし、上記相克が起きるからといって統一的目標がなければ、個人のさまざまなベクトルとともに組織は拡散崩壊の危機に陥り、または、その強い可能性を孕むことになる。個が強く多様な時代になればなるほど、個を束ねる統一的目標が不可欠となる。機能する組織の不可欠な要件として、統一的目標の存在がここに導出される。

 次に、2点目の機能する組織の要件の説明に入ろう。2点目は、分業と協働による相乗効果を生むようにデザインされているということだ。シナジーと言ってもいいかもしれない。組織を構成する際に重要なことは、1+1が3にも5にも10にもなるように設計することだ。しかし、現実はそうなるとは限らない。1+1が2を下回ることも現実には起きる。かかる現実が法律事務所内で起こると、組織ではなく個人で仕事した方が良いと考える弁護士が出てくる、また、別の組織デザインを一から設計し、1+1が3,5,10となる組織をつくることを求め独立やスピンアウトが発生する。経済面の効用だけで独立している方ももちろんいるが、それだけで独立しているわけではないケースもある。このように考えると、機能する組織には、個人の活動を上回る成果を生むことが不可欠と理解できよう。

 これから独立を考えていらっしゃる方は、創業前に上記2つの要件を構想できているかの自己批判を行う必要があろう。全能感に浸ったところで、現実には同じ課題にぶつかるのだから。法律事務所に就職、転職を検討されている方にとっては、上記2つの要件がどのように設計されているかを観察することは重要な視点だ。かかる視点で優秀な若手が組織を見るようになればなるほど、法律事務所は変革を迫られることにつながり、結果リーガル業界はさらに進化するだろう。牽制作用の効果だ。

 企業法務系法律事務所の大規模化がますます進む中で、「個人事業主の集団から組織へシフトすること」が求められるのは、当然の帰結だ。かかる変化の過渡期が2020年代と当職は見ている。この2020年代に「いかに組織にシフトするか」がより成功を収めるか否かの分水嶺になると考えている。一つ留意しなければならないのは、株式会社と法律事務所とは共通点もあるが、根本的に異なる点もある(この根本的に異なる点が明確に解析できるかどうかで法律事務所の構造の理解度が判明する)。異なる点を無視して株式会社と同様の思考フレームで押し切ろうとすると、さまざまな問題が生じる。

 そこで、法律事務所は法律事務所なりの経営のタクトを振れるマネジメント層が求められることになる。これからの企業法務系法律事務所の大きな課題は経営のタクトを振れるマネジメント層をいかに育成するかである。いかなるレベル、いかなる規模で、マネジメント人材を輩出できるか、すでにその戦いは始まっている。この戦いは、見えないが直近の売上増加といった話よりも重要だと思われる。

続きは、「法務人材の転職及び弁護士の転職へのコロナ禍による影響続編Vol.8 大手企業法務部部長のコメント中編」となります。

中編は、以下URLからご覧ください。
https://lawplatform.co.jp/booksreports/2020/06/vol8_1/

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